歴史:イタリア
美学が権力となるとき:
マルチェロ・ピアチェンティー

美学が権力となるとき

マルチェロ・ピアチェンティーニ(Marcello Piacentini)は、イタリアのファシスト政権時代を代表する建築家であり、建築を通じて権力を体現することに成功した人物です。彼の作品は、単なる建物以上のものとして機能し、美学そのものがメッセージとなるという哲学を反映しています。 
薫ノ氏 2025.03.11
誰でも

美学が権力となるとき:マルチェロ・ピアチェンティーニとファシズム建築

マルチェロ・ピアチェンティーニ(Marcello Piacentini, 1881-1960)は、20世紀前半のイタリアを代表する建築家の一人であり、特にファシスト政権下で数多くの重要な建築プロジェクトを手がけました。彼の建築は、単なる機能的な構造物ではなく、政権のイデオロギーを視覚的に表現する手段として用いられ、美学が権力と密接に結びつく事例を示しています。

ムッソリーニとピアチェンティーニ:政権の象徴としての建築

1922年にベニート・ムッソリーニ率いるファシスト党が政権を掌握すると、ムッソリーニは古代ローマ帝国の栄光を復活させ、イタリアの国家威信を高めることを目指しました。そのために、彼は大規模な都市計画と建築プロジェクトを推進し、ピアチェンティーニはその中心的な役割を担いました。

ピアチェンティーニは、ムッソリーニの期待に応え、ローマ大学「ラ・サピエンツァ」(Università degli Studi di Roma "La Sapienza")のキャンパスや、1942年の万国博覧会(Esposizione Universale Roma, EUR)のために計画されたEUR地区など、数々の壮大な建築群を設計しました。これらのプロジェクトは、ファシスト政権の権威と力を視覚的に示すものであり、古典的な建築様式と近代的な建築技術を融合させた、独自のスタイルを生み出しました。

ピアチェンティーニの建築様式:伝統と革新の融合

ピアチェンティーニの建築様式は、古代ローマ、ルネサンス、バロックといったイタリアの伝統的な建築様式を基盤としつつ、20世紀初頭の近代的な建築思想を取り入れた折衷的なものでした。彼は、古典的な比例や対称性を重視し、壮大で威厳のある建築空間を創り出す一方で、鉄やコンクリートといった新しい建築材料を積極的に活用し、機能性と効率性を追求しました。

特に、EUR地区の建築群は、ピアチェンティーニの様式を象徴するものです。広大な敷地に整然と配置された白い大理石の建物は、古典的な列柱やアーチといった要素を持ちながらも、装飾を排したシンプルなデザインが特徴です。これは、ファシスト政権が目指した「新しいローマ帝国」のイメージを具現化するものであり、近代的な都市空間に古代ローマの威厳を再現しようとする試みでした。

美学が権力に奉仕するとき:ファシズム建築の政治性

ピアチェンティーニの建築は、単なる美しい建造物ではなく、ファシスト政権のプロパガンダの道具として機能しました。彼の設計した広大な広場や大通りは、大規模な集会やパレードの舞台となり、政権の力を誇示する場として利用されました。また、彼の建築は、人々に秩序と統一感を与えることで、政権への支持を促す役割も果たしました。

ファシズム建築は、その壮大さと威厳によって、人々に畏怖の念を抱かせ、政権の絶対的な力を印象づけました。また、古典的な様式を取り入れることで、古代ローマ帝国の栄光とファシスト政権を重ね合わせ、国民の愛国心を喚起しようとしました。このように、ピアチェンティーニの建築は、美学を通じて人々の感情や意識に働きかけ、政権のイデオロギーを浸透させる役割を果たしたのです。

ファシズム崩壊後のピアチェンティーニ:評価の変遷

1943年にムッソリーニが失脚し、ファシスト政権が崩壊すると、ピアチェンティーニの建築もまた、政治的な批判の対象となりました。しかし、彼の作品は、その芸術的な価値や建築技術の高さから、完全に否定されることはありませんでした。

戦後、ピアチェンティーニは建築家としての活動を続け、イタリアの都市景観に影響を与え続けました。彼の作品は、一時的な政治的イデオロギーに左右されない、普遍的な美しさを持つものとして再評価されるようになりました。特に、EUR地区の建築群は、その独特な景観から、映画のロケ地や観光名所として利用され、多くの人々に親しまれています。

ピアチェンティーニの遺産:美学と権力の関係を考える

ピアチェンティーニの建築は、美学が権力と密接に結びつくことで、社会に大きな影響を与えることを示しています。彼の作品は、建築が単なる機能的な構造物ではなく、政治的なメッセージを伝える手段となり得ることを教えてくれます。

現代においても、建築は都市の景観を形成し、人々の生活や意識に影響を与える重要な要素です。ピアチェンティーニの建築を研究することは、美学と権力の関係について深く考察し、建築が社会に与える影響を理解する上で、貴重な示唆を与えてくれるでしょう。

学生への教訓:美学の力を自覚し、責任ある創造を

ピアチェンティーニの生涯と作品は、建築を学ぶ学生にとって、多くの教訓を与えてくれます。

  • 美学の力を理解する: 美しいデザインは、人々の感情や行動に大きな影響を与えます。ピアチェンティーニのように、美学を効果的に活用することで、強力なメッセージを伝えることができます。

  • 歴史と伝統を尊重する: ピアチェンティーニは、過去の建築様式を深く理解し、それを現代に生かすことで、独自のスタイルを確立しました。過去から学び、それを発展させることで、革新的な創造が可能になります。

  • 自己の信念を持つ: ピアチェンティーニは、一時的な流行や政治的な圧力に屈せず、自身の美意識を貫きました。自分の信念に基づいた作品は、時代を超えて評価され続けるでしょう。

  • 倫理的な責任を自覚する: ピアチェンティーニの建築は、権力に奉仕することで、社会に大きな影響を与えました。建築家は、自身の作品が社会に与える影響を常に意識し、倫理的な責任を果たす必要があります。

ピアチェンティーニの建築は、美学が権力となり得ることを示す一方で、その力をどのように使うかという倫理的な問題を提起しています。建築を学ぶ学生は、彼の作品から学び、美学の力を自覚し、責任ある創造を目指すべきでしょう。

情報源 

[1] Mussolini's Architectural Legacy in Rome https://romeonrome.com/2016/01/mussolinis-architectural-legacy-in-rome/ 

[2] Marcello Piacentini - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Marcello_Piacentini 

[3] Introducing the EUR district in Rome https://www.wantedinrome.com/news/introducing-the-eur-district-in-rome.html 

[4] Fascism, Architecture, and the Claiming of Modern Milan, 1922 ... https://dokumen.pub/fascism-architecture-and-the-claiming-of-modern-milan-1922-1943-144264625x-9781442646254.html 

[5] FASCIST ARCHITECTURE http://architecture-history.org/schools/FASCIST%20ARCHITECTURE.html 

[6] Marcello Piacentini (1881 - 1961) Italy's Fascist Architect https://encyclopedia.design/2023/06/28/marcello-piacentini-italys-fascist-architect/ 

[7] EUR district - Liberation Route Europe https://www.liberationroute.com/pois/18/eur-district 

[8] Mussolini, Architect: Propaganda and Urban Landscape in Fascist ... https://dokumen.pub/mussolini-architect-propaganda-and-urban-landscape-in-fascist-italy-9781442630994.html 

[9] The most important architect and urban theorist of the Italian Fascist ... https://www.italianartsociety.org/2016/05/the-most-important-architect-and-urban-theorist-of-the-italian-fascist-regime-marcello-piacentini-died-in-rome-on-this-day-may-19-in-1960/ 

[10] The Fascist Architecture in EUR Neighbourhood - City Rome Tours https://www.cityrometours.com/en/blog/travel-in-rome/fascist-architecture-eur-rome.html 

無料で「月の雫、花の涙、草の薫り by Aquira」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら